人物紹介:クー・フリン Cuchulainn(アイルランド神話・赤枝説話群)

2018年6月21日

アイルランド神話・赤枝説話群の英雄クー・フリン!
人物周辺のネタなどを記事にまとめています。ちょっと雑然としてますが、よく忘れるのでノート代わりに。

随時更新中です。

それではいきましょう。

名前の意味について

クー・フリン Cuchulainn

ク(Cu)は、狼狩りに使われる勇敢な猟犬(wolfhound)という意味の言葉である。

ク(Cu)は、アイルランドで特に好まれる名前の要素であり、ク・コナハト(Cu Chonachat:コナハト人の猟犬)とかク・モイ(Cu Maige:平野の猟犬)のように、氏族名や地名などとともに名前を構成した。従ってCu Chulainnは「クランの猟犬」という意味になる。

クランはアイルランドのアルスター神話群に登場する鍛冶屋の名。

梅田修 『ヨーロッパ人名語源事典』 大修館書店(2000)

名前の表記ゆれ対応名前の表記がクー・フーリン、クー・フリン、クー・フラン、クー・ハラン、ク・ホリン、クー・クラン、クチュラインやクキュラインなど複数あるが、『ケルト文化事典』(東京堂出版, 2017)ではクー・フリンに統合していたので当サイトでも クー・フリン で統一するようにする。

シェーダンタ/セタンタ Setanta

クー・フリンの幼名であり本名。
意味は「道を進んでいく者」を意味する。(ブリトニック諸語の「道」という名詞が認められる)


Map of Lancashire, AD 400, William Ashton – The Evolution of a Coast-Line (矢印は筆者)
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プトレマイオスの記述によれば、この名前は、今日のイングランドのランカシャーにあたる地域に住んでいた、ケルト系部族のシェダンティ族《Setantii (also Segantii or Sistuntii)》とおそらく関係がある。シェダンティ族の一団がアイルランド海を越えて、ラウズ州に住みついたのかもしれない。彼らには、部族名の起源となったセントノティウスという神がいたと考えられているが、その神の名は「道を行く人」を意味するので、「小径」または「道路」を意味するシェトからシェーダンタが派生したと考えても不自然ではない
キアラン・カーソン, 栩木伸明 訳 『トーイン クアルンゲの牛捕り』(海外文学セレクション) 東京創元社(2011)

セントノティウス(Sentonotius)と書いているがこの神についてはわからなかった。

ちなみに、もし(ブリトニック語でなく)ゲール語であれば Seteta であったはずらしい。Ar Bihan Herve 「ケルト諸語とその歴史に関するこれまでの見方と新しい見方 : ブレイス語の事例」『ケルティック・フォーラム』 (17), p.2-11(2014)

親族について

クー・フリンは、ルーグ(Lugh)とデクティネ(Deichtine)との間に生まれた半神半人の英雄。

コンホヴァル・マク・ネサ(Conchobar mac Nessa)はデクティネの兄弟である(デクティネがコンホヴァルの娘のこともある)。

デクティネの夫となったスアルティウ・マク・ロイ(Súaltam mac Róich)がいる。(『クアルンゲの牛捕り』に登場する)

『クー・フリンの誕生』(Compert Con Culainn)によって彼の出生は語られる。

ルーグ(Lugh, Lug)

名前の意味

『神の文化史事典』(2013)では名前の意味を「光」、「白く輝く者」の意とし、「ワタリガラス」を意味する印欧語に由来するという説もあると書いている。

また、同書ではルグス(Lugus)をケルトの神とし、アイルランドの神ルグ(Lug)と同一としている。概要の中で聖リュグルとリュグリアン(フランス北部で崇敬されている二人の聖人)について触れている。

この聖人たちについては、「ルグ」「ルグス」の項目の筆者である渡邉浩司氏がフィリップ・ヴァルテールの論考を訳した「アイルランド神話のルグとガリア神話のルグスたち : 中世の聖人伝に残るケルト神話」 ケルティック・フォーラム(15), 12-21頁(2012)がある。

デクティネ(Deichtine)

名前の意味

『世界女神大事典』(2015)では「デヒティネ Deichtine」の名前の意味を次のように説明している。

古アイルランド語 decht(「純粋な」、「洗練された」)と関連。従来の説ではラテン語 dextera(「右」、「公明正大」)との関連を重視。松村一男, 森雅子, 沖田瑞穂 編 『世界女神大事典』 原書房(2015)

しかし、その後でアルスターの前王フェルグスの妻となる。という記述があるのは首をかしげる。

クー・フリンの子孫

クー・フリンの娘 Fínscoth

Hogan, Edmund (ed. and tr.), Cath Ruis na Ríg for Bóinn, Todd Lecture Series 4, Dublin, 1892

Cath Ruis na Ríg(ロスナリーの戦い)のなかで、カルブレの息子エルク(Erc, son of Cairpre)に嫁いでいるクー・フリンの娘がいるらしい。

Doringned síd eter Erc mac Cairpri & Coin Culaind. & tucad Fínscoth ingen Con Culaind do mnaí dosom.Book of Leinster, formerly Lebar na Núachongbála, Incipit Cath Ruis na Ríg.p778

英訳を見てみる。Cath Ruis na Ríg for Bóinn.¶55 が該当箇所になります。

Peace was made between Erc, son of Cairpre, and Cu Chulaind; and Fínscoth, Cu Chulaind’s daughter, was given to him for wife.
Hogan, Edmund (ed. and tr.), Cath Ruis na Ríg for Bóinn, Todd Lecture Series 4, Dublin, 1892

──と Fínscoth が、クー・フリンの娘であるとされています。

ロスナリーの戦いは、Hoganによる英訳を、The Battle of Ross na Ríg(Wikisource) から読むこともできます。

クー・フリンの子どもで双子? Caulnia と Condluán

Book of Leinster, formerly Lebar na Núachongbála
COMUAMMAND NA n-GENELACH In SO. p.1370 folio 318b

どうも、CaulniaCondluán という双子がいるらしい一文なのでメモしておく。

Caulnia & Condluán emon ruc Lebarcham ingen Oe & Adarce do Choin Chulainn. Is dib Corco Caullain & Dal Cualni i Cruithniu

emon は エヴィン・マハの Emain のように「双子」の意味だと思われる。(参考:1 emon – eDIL

OeAdarceLebarcham は固有名詞に思えるが……。

Caulnia, son of Lebarcham and Cu-Chulainn, 143 a 40 (+LL.) O’Brien, M. A. (ed.), Corpus genealogiarum Hiberniae, Dublin: Dublin Institute for Advanced Studies, 1962.

クー・フリンに連なろうとした跡でしょうか……?

Dal CualniThe Annals of Ulster 691.1 に出てくるCronan moccu Chualne, abbas Bennchuir と関係あるかどうかちょっとよくわからない……。

クー・フリンの系譜

Lebor na hUidre に、 9549]De genelogia Con Culaind. という、クー・フリンの系譜について書いてある部分があるようだ。

9550] Cu Culaind mac Soaldaim l^ ita genelogia Con Culaind
9551] meic Dubthaige Cu Chulaind mac Soaldaim
9552] meic Cubair. Meic Dubtaigi meic Cubair.
9553] meic Lir meic Nelruaid .i. nemthig meic Lir meic Cusantin.
9554] meic Cusantin meic Adagair meic Adachair meic Baetain
9555] meic Boado meic Midgin meic Midgni meic Uachaill
9556] meic Caiss meic Uacais .i. mind meic Cais Clothaig meic Cermata
9557] meic Branaill meic Rethaig meic in Dagdai meic Inde
9558] meic Rindail meic Rindbailc meic Dorain meic Nomail
9559] Meic Sloitgen meic Rothchlaim meic Condlai meic Memnon
9560] meic Uacais toi meic Meic Cuill meic Samrith meic Buithe
9561] meic Cermata meic in Dagdai. meic Tigerndmais
9562] meic Elathan meic Delbaith meic Follaig meic Ethrioil.
9563] meic Neit meic Indui meic Iareoil Fatha
9564] meic Alloi meic Thait. meic Erimoin meic Miled Espain.
9565] meic Thabuirnd.

よく知らない名前が連なっている……(´・ω・`)

生没はいつか?

西暦二年の死

クーフーリンは西暦紀元2年に死んだとされている。小辻梅子 『ケルト的ケルト考』 社会思想社(1998), p.94

27歳の死

ティゲルナハの年代記

“The Annals of Tigernach”. Revue Celtique. 16–18. (= Vol. 16 (1895), p. 374-419; 17 (1896), p. 6-33, 116-263, 337-420; 18 (1897), p. 9-59, 150-197, 267-303, 390-391)

Vol. 16 (1895) – p. 374-419;

The death of Cuchulainn the bravest hero of the Irish, by Lugaid son of Three Hounds, king of Munster, and by Erc King of Tara, son of Carbre Nia fer, and by the three sons of Calatin of Connaught. Seven years was his age when he assumed arms, seventeen was his age when he followed the Driving of the Kine of Cualnge, but twenty-seven years was his age when he died. (p.407)

彼(クー・フリン)は7歳で武器を手に取った、17歳の時クアルンゲの牛捕りが起こり、彼が死んだのは27歳の時だった。

死んだ日はわかるのか?

「クー・フリンの死」が何月何日であるかは、調べきれていないが、サウィンの日(11月1日)に死ぬという。

ときには儀式を強く思い出させる念入りなシナリオのなかで、有名な王や英雄たち――ムーラカタック、クリファン、ディアルマッド・マッケロール、コナーラ・モル、ク・フーリン、その他――は、サワーンに死ぬ。それは放埓な浮かれ騒ぎの時であって、祝宴と切り離せない混沌と騒動の要素は、「アルスターの男たちの酩酊」(Mesca Ulad)の物語のなかに鮮明に浮かび出る。
松岡利次 『アイルランドの文学精神 7世紀から20世紀まで』 岩波書店(2007)

あわせて読みたい

参考文献

  • 梅田修 『ヨーロッパ人名語源事典』 大修館書店(2000)
  • 松岡利次 『アイルランドの文学精神 7世紀から20世紀まで』 岩波書店(2007)
  • キアラン・カーソン, 栩木伸明 訳 『トーイン クアルンゲの牛捕り』(海外文学セレクション) 東京創元社(2011)
  • 松村一男, 平藤喜久子, 山田仁史 編 『神の文化史事典』 白水社(2013)
  • 松村一男, 森雅子, 沖田瑞穂 編 『世界女神大事典』 原書房(2015)
  • Ar Bihan Herve 「ケルト諸語とその歴史に関するこれまでの見方と新しい見方 : ブレイス語の事例」『ケルティック・フォーラム』 (17), p.2-11(2014)

生没に関して。

  • “The Annals of Tigernach”. Revue Celtique. 16–18. (= Vol. 16 (1895), p. 374-419; 17 (1896), p. 6-33, 116-263, 337-420; 18 (1897), p. 9-59, 150-197, 267-303, 390-391)

クー・フリンの子どもで双子?について。

クー・フリンの娘 Fínscoth 、ロスナリーの戦いについてはHogan訳を主に参照。

クー・フリンの系譜について。