オガム文字はラテン文字文化の侵入に対する反発の象徴か

2018年7月31日

『アイルランドの文学精神―7世紀から20世紀まで』(p.111)、「詩人の手引きオガム文字」 で取り上げられている『詩人の手引き』にこんな話が載っているらしい。

『詩人の手引き』

オガム文字をつくった場所と、時と、人と、その理由とは何か。場所はヒベルニア、時はエーリウの王エラタの息子のブレスの治世、言葉と詩に優れたブレスの弟オグマがつくったのだが、理由は彼の能力を証明し、また学識者のための言葉をつくるためであった。オガム文字の名前は木の名前である。最初のbは樺の木。この文字が書かれたのは、樺の木で守らないと、妻が異界か他の国へ連れて行かれてしまうということをルグに警告するためであった。
松岡利次 『アイルランドの文学精神―7世紀から20世紀まで』 岩波書店(2007)

同書巻末にある、「文献解題+人名解説」によると『詩人の手引き(Auraicept na nÉces)』はバベルの塔にさかのぼるアイルランド語の起源、オガム文字の説明、文法や韻律論が記述されている。ドナトゥスやプリスキアヌスやイシドルスの文法や語源論の影響を受け、それらをアイルランド語の場合にあてはめようとしている。とあって、面白そうである。

最近、平田雅博,原聖 編 『帝国・国民・言語 辺境という視点から』 三元社(2017)を購入したのですが、その中にこんな記述がありました。

おそらく七〇〇年頃に最初に書かれ、一四世紀にまとめられた解説書が現存する。「バリモールの書」に含まれる「アウライケプト・ナ・ネゲース(識者の指南書)」がそれで、これ自体がエール語で書かれている。神聖な木であるイチイの木に、ドルイドが占卜を行うためにオガム文字を用いた、とあるので、文字自体に神聖性、魔力があり、秘匿されるべき暗号として使用された。したがって、キリスト教文化の流入に対する抵抗としての意味合いがあったと考えられる。平田雅博,原聖 編 『帝国・国民・言語 辺境という視点から』 三元社(2017), p.248

オガム文字に神聖性があるとか魔力があるとか秘匿されるべき暗号として使用されたかは私にはわかりませんが、オガム文字の創出がキリスト教文化の流入に対する抵抗、というのは興味深い。

「オガム文字」とは

そもそも、オガム文字とはどのような文字でしょうか。石碑などに残っていますが実物は海外渡航しないと見ることができないですね。どんな文字かは世界の文字というサイトの説明がわかりやすかった。

リンク 世界の文字 – オガム文字

Unicode Consortium のサイトメニューから、The Unicode Standard を辿ってチャートを確認しにいくと、The Unicode Ogham(Range: 1680–169F) がある…………えっユニコードに入ってたの……?

オガム文字って石に直線を刻みつけていくのだけど、何故こんな「文字」になったのか、非常に興味があります。

アイルランドやケルト関連の本を買って読めばオガム文字に触れてるのは多いですが、その中から、原聖 『ケルトの水脈』 講談社(2007)では「ラテン文化に対抗するオガム文字」というタイトルをつけている節がありました。

オガム文字は、ラテン文字文化の侵入に対する反発の象徴であり、秘匿されるべき暗号として編み出されたものである。この場合のラテン文字文化というのは、もちろんキリスト教文化である。オガム文字の使用が三世紀末から八世紀というのも、またその使用が墓碑銘にほぼ限られるというのも、まさにキリスト教文化の流入に対する抵抗として理解できる。

やはり原聖氏は以前から「キリスト教文化の流入に対する抵抗」と書いておられたようだ。この本、講談社学術文庫になって手に取りやすくなっているので嬉しい。

ベルンハルト・マイヤー『ケルト事典』 創元社(2001)のオガムの項目では、オガム文字がゲルマン人のルーン文字のように呪術の実践にも使用されたということは、今日の研究水準によれば疑わしい。──という説明もあるため、とりあえず文字に神聖性とか魔力があるとかは置いておきたい。私自身、文字と呪術との関係はよく理解できていない。樹木信仰との関連などにも触れない。

オガム文字では、その創出がキリスト教に対抗する、という意図があり、したがって、ローマ字が意図的に回避された。平田雅博,原聖 編 『帝国・国民・言語 辺境という視点から』 三元社(2017), p.256

キリスト教文化の流入に対する抵抗といわれただけではうまく理解できなかったが、原聖氏は

言語の自立化に伴う文字化、たとえばそれは八世紀のアングロ・サクソン語、オガム文字以降の(おそらく八世紀以降)のケルト諸語、九世紀のフランス語、ドイツ語でもその文字による規範化は、ラテン語の権威を背景としてローマ字を用いたのである。規範化においても、西欧では以降一貫して、ラテン語に倣う規範化、文法書の作成が行われ続けることになったのである。平田雅博,原聖 編 『帝国・国民・言語 辺境という視点から』 三元社(2017), p.256

とまとめている。

ということで、つまり、「オガム文字はラテン文字文化との関わりのなかで発生し、ラテン語の権威に拠って使われなくなっていった」……ということ、か?

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