古代アイルランドの病院設立と、ブレホン法

2018年の夏は厳しい。わたしは元気ですとはとても言えないですが病院行きはとりあえず免れております。部屋にエアコンないんだぞ、それで夜窓閉めて寝てるんですよ、すごくない?(自慢にならない)

全然関係ないけど『アイルランド史 上―民族と階級』(ピーター・ベアレスフォード・エリス 著)の中で特に面白いと感じた病院の部分についてのメモ書きですよ。

リンク アイルランド史(上) | 論創社

アイルランド人が医療事業を発展させたことは歴史的に確かな事実である。それが有名なヨーロッパ風の外科病院と「国民保険制度」の原型で、そこでは医療費(治療、付添い、給食を含む)がそれを必要とするすべての人びとに支給されなければならなかった。ブレホン法の下で病人や負傷者や精神障害者に対する措置は、氏族の責任とされた。この制度の特異な措置が、大部分氏族制度によっていることは確かである。そこでは一人の人物は国の多数の市民の中の一人ではなく、ある一つの氏族の一員なのであり、氏族はその族員の福祉を計るのである。
ピーター・ベアレスフォード・エリス, 堀越智 訳『アイルランド史 上―民族と階級』 論創社(1991)

ブレホン法の下で病人や負傷者や精神障害者に対する措置は、氏族の責任とされた。とある。精神障害者に対する福祉というのは興味深い。どう考えられていたんだろうか?

病院設立

病院の設立は、半ば神話上の王モッカ(Macha Mong Ruadh; Macha of the Red Hair)による紀元前300年、アード・モッカ(Ard Macha アルスターのアーマー)近くでのことらしい。
名前は Bron-Bherg のようだ。

年代記を読むともっとよくわかりそうだけど……他に読むことができたのは↓

アイルランドでも、紀元前三七七年には「赤毛のマカ」がアイルランド女王となったと古代の年代記に記されているが、神話にすぎないと主張する研究者にエリスは反論し、これを相当に信憑性のある事実であると主張する。しかも、赤毛のマカは、メアリー・コンドレンが『蛇と女神ーーケルト的アイルランドにおける女性と宗教と権力』(一九八九)の中で紹介する異説によれば、アルスターの王であった父が亡くなったとき、王座を奪おうとした他の部族の王たちと戦って、王たる権利を武力によって自ら勝ち取ったとも伝えられている。

また、年代記は、女王マカがエメイン・マカ──すなわち、当時のアイルランドの首都で、四四四年にアイルランド・キリスト教会の総本山となり、さらに今日では北アイルランドの都市アーマーにあたる場所──に「悲しみの館」と呼ばれた病院を設立し、これがニニ年に破壊されるまで続いたとも記している。(p.64)
大野光子 『女性たちのアイルランド―カトリックの〈母〉からケルトの〈娘〉へ』 平凡社(1998)

Bron-Bherg は、「悲しみの館」 という意味。この病院、破壊されたのか……うーむ、なんで破壊されたのだろう。やっぱり年代記読まないとよくわからないんでしょうね。

ところで『女性たちのアイルランド―カトリックの〈母〉からケルトの〈娘〉へ』はとても面白かったです。著者の大野光子氏は、マリー・ヒーニーの『アイリッシュ・ハープの調べ ケルトの神話集』の監修をされているのに今更、気づいたり……。

過去記事 『アイリッシュ・ハープの調べ―ケルトの神話集』マリー・ヒーニー(春風社)

病院の規定

また、エリスは病院の規定についてもいろいろ書いてくれていて、ブレホン法に記されているというその内容は現代にも通じそうです。
例えば 病院の施設の規定 では次のよう。

ブレホン法は、「病院は負債を負ってはならない。四方に出入口を持ち、新鮮な水が手元になければならない」と規定している。そして犬とか異常者とか患者を困らせるような人物は病院に近づけてはならないとしていた。病人だけでなく虚弱者も老人も孤児も救済の対象だった。
ピーター・ベアレスフォード・エリス, 堀越智 訳『アイルランド史 上―民族と階級』 論創社(1991)

医者についての規定 はもっと面白くて、↓こんな感じ。

  1. 病気を悪化させるような処置をした医者からの保護をブレホン法が規定(しかし、医者もまた自分の症状を隠したり嘘をついたりする患者から守られている)
  2. 通常氏族の病院の顧問であった医者は、少なくとも四人の医学生を持ち、見習いながら彼らが医学を勉強できるようにすることが期待されていた。(例えるなら今の附属病院のように)
  3. 医者が治療に忙し過ぎて、勉強したり最新の技術を取り入れることができないようになってはならない。(「医者は世の中の煩わしさに巻き込まれることがあってはならず、彼が自分の職業である研究と治療に専念できる」ことをいつも氏族は許していた。)
  4. 「合法」の医者と「非合法」の医者とを明確に区別していた。(外科医のようなふりをした「にせ医者」には重い罰金が課せられた)
  5. 資格を持った医者は患者の治療に責任を負わねばならない。(例:治療した傷口がしばらくして開いたら、医者は賠償をはらわねばならない)

3番目の、「医者が忙しすぎて勉強する暇がなくなるのは駄目」なんて、今でも必要なことだと思うのですが。あと嘘をつく患者とか Dr.House(海外ドラマ) を思い出した。

そしてセンフス・モル(Senchus Mor)とブック・オブ・エイシル(Book of Aicill)の両方とも、病人の権利について明確に規定していた。ともエリスは言っていて、

例えば、もしある人が(故意にしろ過失にしろ)他人に障害を与えた場合に、障害を与えた側は医者と食糧と入院費を提供するだけでなく、その人の仕事を引受けなければならなかった。らしい……。

実際はどんなふうに法が運用されてたのかは私にはまだわからないことだらけですが。

理想像としての「法」

ブレホン法について、アイルランドの作家ショーン・オフェイロンはこんなふうに述べていたりする。

現代の法制度のような法体系はまったく存在しなかった。いわゆるブレホン法(文字に記録されて現存している)は、数世紀かけて少しずつできあがった現代の判例法とも異なるし、立法府によって完成された法体系でもない。ブレホン法は、「研究」によって作られた理想像としての法である。習慣や伝統を条文化するように支配者に求められた場合を想定して法律家が一般の慣行を法制化したものである。言いかえると現存するブレホン法は中央の政権から生まれたものではなく、法律学校から生まれたものである。その多くの条文は施行不可能である。当時の慣行を文字に記録したとはいえ、慣行は地域によって非常に大きく異なっていたというのが実情である。
オフェイロン, 橋本槙矩 訳 『アイルランド―歴史と風土 (岩波文庫)』 岩波書店(1997)

地域差があったかもってのは考えていいのかもしれない……?

過去記事 『アイルランド : 歴史と風土(岩波文庫)』オフェイロン(岩波書店)

今日はこのへんで。ではでは。

この記事で紹介した書籍一覧

  • ピーター・ベアレスフォード・エリス, 堀越智 訳『アイルランド史 上―民族と階級』 論創社(1991)
  • オフェイロン, 橋本槙矩 訳 『アイルランド―歴史と風土 (岩波文庫)』 岩波書店(1997)
  • 大野光子 『女性たちのアイルランド―カトリックの〈母〉からケルトの〈娘〉へ』 平凡社(1998)

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