ガリアの暦についての覚え書き

「ケルト」関係に興味がある人だったら、おそらく一度は耳にしたことがあるでしょう「コリニー暦(Coligny calendar)」ですが、ガリアの暦ってどういうもの?

……とよくわからなかったので、覚え書きとして記事を書いてます。

コリニー暦とは

この「コリニー暦」と呼ばれる、ガリア語で書かれた暦の断片がフランス、アン県のコリニーで1897年に発見されました。現在はリヨンのガロ=ロマン文明博物館(Musée de la civilisation Gallo-romaine)に所蔵されているようです。

この暦は、ガリア語をラテン文字で青銅板に書きつけたもので、縦90cm×横150cmと大型です。ガリア語の文書は他に、1983年にアヴェイロン県ラルザックで出土したもの、1971年にピュイ・ド・ドーム県シャマリエールで発見されたもの(クレルモン=フェランのバルゴワン Bargoin 博物館所蔵)などがあるそうです。

コリニー暦は太陰太陽暦にもとづいていて、西暦2世紀末の5年間、62ヵ月にわたる暦が一覧表で表されています。この62太陰月(≒太陽年5年)がひとつの周期となっていたようです。

太陽暦、太陰暦、太陰太陽暦

太陽暦、太陰暦、太陰太陽暦についてまず整理します。大半の暦は、太陽暦か太陰暦です。

太陽暦

太陽暦は、地球が太陽の周りを回る周期(太陽年)を基にして作られた暦(暦法)で、1太陽年はおよそ365.25日です。

太陰暦

太陽暦に対して、太陰暦は月の満ち欠けの周期を基にしています。新月から新月までの周期を朔望月といい、この1朔望月を一ヵ月とします。平均は29.5日です。
1朔望月を12回繰り返すと、1年は約354日となり、1太陽年より約11日少なくなります。

……というように、太陽暦は太陽の動きを基にし、太陰暦では月の動きを基にしています。では、太陰太陽暦はどうでしょうか。

太陰太陽暦

太陰太陽暦では、太陰暦を基にしながら太陽の動きも視野に入れて閏月を入れます。閏月をいれない、太陽の動きを考慮しない純粋太陰暦は少数派のようです。

一年、一ヵ月、一日

ガリアの暦の一年は、いつから始まるでしょうか。

「年」

冬の11月1日から一年が始まるというのは日本でもよく知られた行事、ハロウィンによって巷でもよく知られていることと思います。

ガリアの暦の一年は、11月1日から始まる冬期と、5月1日から始まる夏期という二つの半期に分けられています。

「月」

では「年」を構成する「月」は、いつから始まるのでしょうか。太陰太陽暦なので、新月から始まる……と思っていたのですが、『ブルターニュのパルドン祭り』(2008)p.234 に入っているドナシアン・ローランの論考を読むと、上弦の月から始まるという。ポール=マリー・デュヴァルとジョルジュ・ピノーが1986年に出した本にもとづき1、暦についての考え方を説明しています。

他のほとんどの太陰太陽暦及び太陰暦のような新月からではなく、上弦から始まる、中間太陰月となっていたことに注目してもらいたい。つまり、それぞれの月は、一つは中間で満月となり、もうひとつは中間で新月となる。正反対の二つの十五日間から成っていると言えるのである。

「月」には、15日+15日(30日)の吉月と、15日+14日(29日)の忌月があり、交互に繰り返されます。

閏月

閏月の挿入は30ヵ月(2年半)ごとに一度、30日の月が追加されます。

閏月(30日)
冬(6ヵ月)→夏(6ヵ月)
冬(6ヵ月)→夏(6ヵ月)
冬(6ヵ月)
閏月(30日)
夏(6ヵ月)→冬(6ヵ月)
夏(6ヵ月)→冬(6ヵ月)
夏(6ヵ月)

この太陽年 5年 ≒ 太陰月 62ヵ月(内、閏月 2ヵ月)の周期を1リュストルとします。(リュストル lustrum は5年を表す)

「日」

一日はいつから始まるのか……これはユリウス・カエサルの『ガリア戦記』に書かれているように、日没から始まったようです。日の数ではなく夜の数で時間の経過を数えます。

余談ですが、カエサルの記述に拠ると、誕生日を祝う習俗があったようです。

ガリア人は(中略)すべての時間的経過を、日の数ではなく、夜の数で計算する。誕生日や朔日や元日も、昼が夜の後につづくという原則にもとづいて祝われる。(『ガリア戦記』第六巻、一八、二一八頁)野崎守英「Ⅳ移り動くことと振り返ることと」『ケルト―生と死の変容』 (中央大学人文科学研究所研究叢書), p.276

一日が夜から始まるについては、初期アイルランド文学の中でいうと例えば「アイルランド来寇の書」の第五の入植者、ミレドの息子たちは月が上空にかかっていた時にアイルランドに上陸しているようです。

ミレドの息子たちがアイルランドに上陸したのは、五月一日であった。その日は木曜日であり、十七日の月が上空にかかっていた。パートランがアイルランドへ入寇したのも五月一日であった。が、この時は曜日も違っていたし、月の日も違っていた。八住利雄 編 『世界神話大系40 アイルランドの神話伝説』 名著普及会(1981)

どうでもいいですが、私は夜型なので一日が夜から始まってほしいなと少し思っています。

世紀

大プリニウス(二三~七九 古代ローマの政治家で学者、『博物誌』の著者)の著述によって、ガリア人が三〇年、すなわち六リュストルに相当する期間を「世紀」(サエクルム)と呼んでいたことが知られている。 新谷 尚紀, 関沢 まゆみ『ブルターニュのパルドン祭り―日本民俗学のフランス調査』悠書館(2008) , pp.235

おそらく世紀との関連で、ズレの修正のために、閏月を省略することもあるそうだ。

五年周期が複数組み合わさってできたより大きな周期もあった(もともとは三〇年周期、後にどうやら二五年周期になったようだ)。その周期において、五年周期中の初年における最初の閏月は省略されている。 Leofranc Holford-Strevens 著, 正宗聡 訳 『暦と時間の歴史』(サイエンス・パレット)丸善出版(2013)

30歳になったら「1世紀生きました」って言ってみようと思います。(ほんとにくだらなくて、すみません)

片山廣子「或る国のこよみ」

 はじめに生れたのは歓びの霊である、この新しい年をよろこべ!

一月  霊はまだ目がさめぬ
二月  虹を織る
三月  雨のなかに微笑する
四月  白と緑の衣を着る
五月  世界の青春
六月  壮厳
七月  二つの世界にゐる
八月  色彩
九月  美を夢みる
十月  溜息する
十一月 おとろへる
十二月 眠る

 ケルトの古い言ひつたへかもしれない、或るふるぼけた本の最後の頁に何のつながりもなくこの暦が載つてゐるのを読んだのである。青空文庫 – 或る国のこよみ

片山廣子は「ケルトの古い言い伝えかも」、と言っているだけですが、たいそう美しいので紹介したかった。

「暦と祭りの習俗」(『ケルト文化事典』, 2017, p.110)の説明もなんだか美しい。

10月から11月は実や果実が落ちる、「種子の落下」の時期であり、11月から12月は日が短く夜が長くなり、「最も深い闇」が訪れる月である。12月から1月は厚い氷が張る「寒い時期」で、1月から2月は悪天候のため「家にいる時」、2月から3月は「氷の時」、3月から4月は春から初夏に移る時で植物が「いっせいに芽吹く」季節である。4月から5月は太陽の光が燦々と大地にそそぐ「明るい時期」、6月から7月は天候に恵まれ、乗馬に適し、7月から8月はやり残した仕事を果たす月であり、8月から9月は争いが法的におさまり、収穫後、人びとが寄り集まるのに適した月である。9月から10月は「歌う時」であり、農耕が終わって、くつろぎたのしむ冬の始まりである。

参考文献

  • 新谷 尚紀, 関沢 まゆみ『ブルターニュのパルドン祭り―日本民俗学のフランス調査』悠書館(2008)
  • Leofranc Holford-Strevens 著, 正宗聡 訳 『暦と時間の歴史』(サイエンス・パレット)丸善出版(2013)
  • 木村正俊・松村賢一 編 『ケルト文化事典』 東京堂出版(2017)
  • ベルンハルト・マイヤー, 鶴岡真弓 監修, 平島直一郎 訳 『ケルト事典』 創元社(2001)

  1. P.-M. Duval, G. Pinault: Recueil des Inscriptions Gauloises, vol. III: Les Calendriers (Coligny, Villards d’Héria). (Gallia, Suppl. 45.), CNRS, Paris, 1986.